top of page
  • 執筆者の写真ふじおかんたろう

みんなどこでそれを知ったんだろう


みんな、どこでそれを知ったんだろう。 

そんな風に思うことが度々ある。

昔からそうなのだ。

自分が随分とモノを知らない愚鈍な人間に感じられることがある。 

ふと、小麦粉と天ぷら粉とパン粉の違いは何だろうと歩きながら考えて、結局よく分からなかった。

コロッケはパン粉?天ぷらはまあ天ぷら粉で、唐揚げは小麦粉?成分の違いは何だろう。片栗粉は何でできているのだろう。

みんな、そんなこと、いつ覚えたのかもはや思い出せない童謡みたいに、当然のこととして知っている、ように僕には見える。(きっと、それも気のせいなのだろうけど)

幼い頃、料理なんて全く教わっていなかった中学1年の僕が、突然親父に、「そばをつくれ、それぐらいつくれるだろう」と言われ、そばを茹で昼メシをつくることになった。

何もそば粉から、そばを打ってつくれと言われているわけではない。けれど、僕は全く、全くと言っていいほど、料理をしたことがなかったのだ。(いや、何かは作ったと思う。クッキーとか。)

父の監視のもと、何をどうしていいか分からない僕は大混乱の中、ちゃんと読めばいいものを、作り方が書いてあるそばの袋さえ捨てた気がする。作り方をジロジロ見ていると、「そんなものを見ないとつくれないのか!」と怒鳴られる気がしたからだ。(いや、正確なことは覚えていない。もしかしたら、ジロジロ袋を見て怒鳴られて、結局作り方がわからないまま、絶望的な気持ちになりながら、そばをゆでたり、さましたりしていたのかも知れない。とにかく、僕は結局、極めてシンプルなはずの、「そばをつくる」ことさえ満足に出来ず、「お前はそんなこともできないのか!!!」と怒鳴られた。

我ながらそんなこともできないのか、という恥の感覚にまみれ、同時に、一度も教わっていないことをやれと言われてもできない、理不尽だという2つの気持ちで、心がぐしゃぐしゃになったのを覚えている。

まあ、こういうことは日常茶飯であったけれど、というか、こんな話をするつもりもなかったのだけれど。

何が言いたいって、

みんな、それをいつどこで知ったんだろう。

みたいなことは、僕にとって、世界にあまりにたくさんあるということ、今も変わらず、30歳もとっくに過ぎているのに。

何でもできるみたいな顔をして生きた方が人から信用されて生きやすいのかも知れないけれど、なーんか、こういうことを書いている。

当然の生活力だったり、あまり前の常識だったり、世の中の、なんというか、世間の仕組み、世渡りの方法を素早く、若くして知っている、そういう脳みそ?感性?もった人を、羨ましく思う。

例えば、ネクタイ。

あれを洗濯機に入れちゃいけない、ということを、僕はネクタイが壊滅的な状態で洗濯機から帰ってきてはじめて、ああ、ネクタイはクリーニングに出すものなんだ、ということを知った。

みんな、そんなことをいつどこで知ったんだろう。ネクタイはクリーニングに出すものだなんて。

そんなことを考えながら、僕はとにかく失敗しなければ世界のことなんて知れない人なのかもしれない、ならばどんどん失敗したいな、何だかんだそんなことを思った。今、書いていて、思った。

料理に関しても、たまに不思議な気持ちになることがある。

料理本や、ネットのレシピを見れば、完全な正解が書いてある。キャベツを塩もみすれば水分が出てくるとか、ブロッコリーは水につけるとゴミが出るとか、お肉を柔らかくするにはとか、まあ、なんか、下ごしらえの色々。

で、偉大なる料理の先達たちのおかげで最短コースで料理ができるから、当然そのルートを通ろうという気持ちと、でもそのとおりにやらなくて大失敗した経験を僕がしないと、結局のところ、その最短ルートがどれだけ素晴らしいのかよく分からないよね、というなんだかモヤっとした気持ちになる。

こうすると上手くいくよって言われたとおりにただ作って、橋から落ちないように手すりにつかまりながら料理を完成させて、はい美味しかったですね、という時に、僕は何を学んだんだろう?って、うっすらモヤっとする。

そういう意味では、失敗とは、目には見えないけれど、こっちにいくと確実に壁があってぶつかるということを、身をもって知ることなのかもしれない。

その身体感覚がまったくないまま、誰かに手を引かれて、壁に一切ぶつかることもなく、向こう岸に行った時、何だか自力で学び成長した心地がしないのだ。そんな気がする。

ふーむ。

なんだろう。結局、当たって砕けろ。みたいなことになってしまうのか。ただ、見えない壁にひとつも当たらずに出来事を終えるより、さっさと壁に当たった方が、「ああ、こう進むと壁に当たるのね」と分かることの方が、発見としては、とても明確である。失敗の効能とは、失敗しない時よりも、具体性ももった発見ができることなのかもしれない。

話があっちゃこっちゃしたけれど、まあいいや。真夜中の突然のメモ。

とりあえず僕は中学生の頃から20年もたって、そばを茹でられるようになっただけでなく、ズッキーニを揚げ浸しに出来るようにはなりました。

そして、少なくとも、ネクタイを実際に洗濯機で洗ってしまったことのない人よりは、「ネクタイは洗濯機で洗ってはいけない!」と、僕は肚から言える。

p.s.

後から思ったこと。

僕が、天ぷら粉と小麦粉とパン粉と片栗粉について、(ネットで調べれば一瞬で分かるのに)なかなか調べようとしないのは、実際に彼らと体験を通して仲良くならない限り、何にも学んだ気にならない予感があるからかもしれない。百聞は一見にしかず。


閲覧数:99回

最新記事

すべて表示

悪夢を見た直後のメモ

今朝悪夢を見た。 どうにもそのあと眠れなくなってしまい、その時思ったことをメモしならが眠れるようになるのを待った。 その後、無事眠り、起きてみれば天気もいいし気分も悪くない。改めて、「昼」と「夜」の違いに感嘆する。こんなにも日が出て空が青いことにエネルギーをもらえる。昼の海と夜の海は違う。昼の森と夜の森も違う。 せっかくなので、今朝のメモをペーストしてみる。そのあと少し追記。 (悪夢直下で書いてい

bottom of page