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  • 執筆者の写真ふじおかんたろう

やりたいことをやる


やりたいことをやる。

実現したいことを書く!!

やりたいことをやると一言で言っても、僕が今生業にしている俳優業もデザイン業も人から依頼されて、相手がやってほしいことを咀嚼してお届けする仕事である。

自分から生み出すことなんてほんの僅かだ。

だからこそ、やりたい仕事をしないと心と体が保たない。

演劇を仕事にしていけるかどうかは、

どれだけ演劇を観て感動した経験があって

どれだけ演劇の現場で感動したことがあるか

何を持っての感動なのかは、人それぞれお任せするとして

そんなことに尽きる気がしている。

逆を言えば、演劇を1年間たくさん観て全然感動できず絶望感ばかりがつのったり、現場で変な我慢をしたり納得のいかない経験ばかりしたりするだけで、俳優としての寿命は縮まり得ると僕は思っている。ナイーブすぎる考え方かもしれないが、僕の場合はそうなのだ。役者もデザイナーも何でも屋さんじゃないし、信念があまりに違えば共同作業は難しいし、愛情が持てなければパフォーマンスは下がる。世界中のあらゆる現場に順応することが、請負仕事人の業務ではない。

感動という名の息継ぎができなければ、とてもじゃないが泳ぎきれないことをしている気がする。

近い意味のことを言えば、どれだけ尊敬できる先輩に出会うかということでもある。

たまーに僕より若い俳優や同世代ばかりの演劇の現場で、僕は「ストイックである」と思われることがある。時に「勘太郎は演劇偏差値が高いからなあ〜」と揶揄(?)されたこともある。勘弁してくれと思う。僕なんて。マジで演劇偏差値大して高くないのだ。基本的に雑な人間だし、もっともっともっと上は、山ほど山ほど、ぞっとするほどいる。そんな人たちの存在を少しは知っていることは僕にとって財産だし、希望でもある。僕なんてぞっとするほど、まだまださっぱりである。

その上で、やっぱり、さっぱりでいることには耐えられないので、なんとか山を必死で登るばかりだ。

とはいえ、褒められたりすると、割と簡単に嬉しくなる性分でもある。こればかりは仕方がない。たまに、「俳優の演技を殺すにはなんども褒めれば良い」みたーいな言葉を聞く。わかる部分もあるけれど、なーんかそれ人によるんじゃない?って思うし、褒めたら演技が簡単に腐る俳優どうなの?と思う部分もある。僕は、褒められたら素直に嬉しい。

とまあ、話がたっぷりそれたので

望むべくことを書こう。

言葉にすることで実現する確率は上がるそうだから。

ダサい望みでもいいから言葉にすると。

コクーンに立ちたい。

KAATに立ちたい。

新国立劇場(小)に立ちたい。

世田パブに立ちたい。(これは一度立ったけど)

朝ドラ出たい。

大河出たい。

地方公演行きたい。

なんて大衆的な望みなんだろう。

去年かな

「2020年中に、役者とデザインで生計を立てたい」と僕はこのブログに書いた。

なんだかんだ僕の予想に反して、2019年中にその願いは叶った。気づけば叶っていた。

なので、もう少し願いを進めてみる。

役者としての生計の比率を高める。

デザイン業の単価をあげる。

あとは、青年団系の演劇に出演してみたい。(ざっくりくくってすみません)

逆にめちゃめちゃエンタメな作品にも出てみたい。

フリーになってしまったので、なかなか機会が減っているけれど、映像ももっとやってみたい。

あとは、絵を描くというゼロからの行為にもっと触れてみたい。

正直大枠のことしか語っていない。

その枠の内側のことで言えば、納得できない仕事をすると神経がすり減るので、その辺りは自分の直感と本能に従うつもりだ。

内側のことについて、近年の僕の変わらぬ望みを言えば、

僕は花みたいになりたいのだ。

寛容で獰猛な自然植物みたいに生きたいのだ。

ヒッピーみたいなことを言っているようにも聞こえるけでど、そういう訳でもない。

僕はそもそも、ヒッピー文化にそこまで明るくない。(なんとなく好きだけれど、そこまで開放的な人間では今のところない)

癖があるんだけどめっちゃピュア。

そんな風でありたいですね。あの、結果的に。

物語が常にそうであるように、何かに引き裂かれることなく生きることはできないと思う。現実を生きていながら、何者にも引き裂かれず、自分だけ信じて生きていけることを、僕はあまり大人な態度だと思わないし、知的な態度だとも思わない。

その上で自分や世界を信じて生きていきたいし、世界を露悪的に眺めながら生きようとも思わないし、短い人生飲まなくていい毒をわざわざ飲んで「俺はすいも甘いも知っている!」と声高に叫ぶ気もない。単純にハッピーに生きたい。

あと、僕は根が実にわがままで自分勝手なので、その性根はきっと年を経るにつれて、ますますそのベールを脱ぐのだろう。そんな予感はある。し、そうする。

そこには、時に「世間一般でそんなことしたらいけない」とか「みんな我慢してるんだから、あなたも我慢しなさい」だとか、そういうことに、「うるせー!!!」と言うような我儘さかも知れない。いや、そんな言い方をするとロックンロールの香りがし出すので、それも少し違う。

なんか感覚的には

「ちょっとぐらい周りからズルイと言われようが、こういうことをやって生きていかないと、とてもじゃないけれど人生に興味が持てないので、やりたいことだけやりますね。手伝ってくれる人手伝って。うーんと、僕がもし楽しくものづくり出来ていれば、きっと近くにいて楽しいよ」みたいな。

そんな我儘さ。

そういう皮膚感覚が年々すこーしづつある。

この感覚の中に飛び込むために、欲望に忠実でありたい。

他者を愛することは、この道の先にあるのであって、自己犠牲の先には決してないとも思っている。(いや、決しては言い過ぎなのかな。いや、うん。言い過ぎじゃないと思っている。)

というわけで、いくつかの欲望を書きました。

あと、小劇場の「うわ!面白い!」と思う演劇にたくさん出たい。

来年は半分ぐらい、楽しく埋まりかけているので、残りの期間も楽しい仕事をとにかくしたい。

あ、あと最後に欲望、もう一つ。

新しく、師と呼べる人と出会いたい。

以上、おやすみなさい。


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