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  • 執筆者の写真ふじおかんたろう

伊藤 靖浩のLiveからの


「無茶祭」予約開始しました。

ご予約本当にありがとうございます。

さて、いよいよ、作品作りに集中できる環境が整ってきました。

正直、予約開始までは、はじめてづくしでバタバタで、ようやく台本の文字が読める精神状態になりました。フジオモラルの情報公開やキャスティングも同時並行だったので、本当に「ふう」と息を吐いています。

タイトルの通り、伊藤 靖浩が参加するライブへ行ってきました。4グループのミュージシャンのライブ。

音楽ってすごいなあ。前のミュージシャンの空気を1曲で塗り替えてみせるんだもん。正確には1曲もかからない。聴きながら「演劇ってなんて費用対効果の悪い芸術なんだちくしょう!」とか思いました。はじめの1音で場を制圧するなんて演劇でできるだろうか。きっと、そういう種類の演劇もある。そういう種類の俳優もいる。でも、たとえば、物語もなくいきなり、女優に号泣されても、お客はポカーンとするだろう。「さーて、無茶祭どう戦おうかな」と脳みその1/3はそんなことを考えていた。

で、僕が一番書きたかったのはそういうことでもなく、伊藤 靖浩のライブを聴いて、とても、興奮して、僕の中でなにかのエンジンが灯ったということである。聴きながら、自分の中の着火装置が作動したというか。あっという間に思考が巡り出す、感性のアンテナが周り出す。アドレナリンが出る。各駅停車だった思考回路が、通勤特快にかわる。その速度の車窓からは「何かをつくる」こと以外の光景は、すべてぼけて見える。対象から外れる。さて、どう戦おう、何ができるのか、そんなことばかり考えながらの帰路であった。

ひとりで何かを企画するにあたって、語りたいことは山ほどある。予約開始までに語りきれていない思いなんてたくさんある。でも結局、本当に大切なことは舞台の上に滲み出てしまう。だから、そのときのために、黙ることは黙る。きっと、自力で演劇をつくることに慣れていれば、こんなに言葉はいらないのだ。でも、僕にはまだ溢れてしまう。でも黙る。

その上で、

僕が最近はまっている果物の例えをする。(あ、いつの間にか丁寧語じゃなくなっている、アドレナリンのせいだ。)

果物はざっくり言えば、皮の部分と果肉の部分で構成されている。

そして、基本的に食べられる部分は果肉の部分だ。おいしい。演劇で言ったら、僕は果肉が多い方が好きだ。乱暴な言い方をすれば、「気持ち」と言い換えてもいいだろう。気持ちのつたわってくるお芝居が好きだ。なお、エモーショナルなお芝居が好きとか、うーん、そういうことでもない。そして逆に言えば、外側の皮の部分ばかり丁寧に作ってあるけど、食べる部分がほとんどないお芝居はあまり好きじゃない。

伊藤 靖浩のLiveを聴いていて、改めて、この人の歌はほとんど果肉しかねえなあと思った。皮は本当に薄くてほとんどが果実だ。外見もとても美しいのだが、実のところ、その果物の輪郭もほぼ果肉で構成されている。少し別の表現をするなら、神経が果肉から飛び出ている。なにか繊細なものが常にはみ出しているような歌を歌う。なんか怖い言い回しになっちゃったけど、僕は帰り道、自転車をこぎながらそんなことを思った。

きっと、芸術家にとって、手段とは、つまり「音楽」「絵画」「役者」「彫刻」「写真」「執筆」「建築」「ファッション」etc.とは、「ストロー」なのではないかと思った。

溢れ出る果肉を、外に放出するための装置としての「ストロー」。

果肉を抽出するためには、ストローの口が大きくなくてはいけない。そこに、その人の芸術にかけてきた時間や鍛錬はのる。どんな果肉があろうが、ストローなくして、それは人に伝わらない。けれど、果肉自身は音楽でもなく、言葉でもないのだ。

今回、伊藤 靖浩が、「無茶祭」のピアノを弾いてくれる。

さて、僕はどう戦おうか。そんなことを思った。なんだかギアが2つ上がった。

果物で例えれば、僕はそんなに果肉むき出し系俳優ではない。(気がしている)オレンジのボツボツから、果肉染み出してくる俳優かなと思っている。「だだ漏れ系俳優だよ」と言われたことはある。いや、自分のことなんて全然わかんないし、わかんなくていい。それは作品への結果だと思っている。

プロフェッショナルの、研鑽を積んだ上での仕事を見た後に、さて僕には何ができるのか。何が譲れないのか、何を面白いと思うのか、そんなことを思う。お前役者として、10年以上やってきて、お前はなにすんの?と思う。

おっと、これ以上は、黙ります。あぶないあぶない。板の上で搾り出します。

結局、大切にしていることや、信念や、業は板の上に出る。いい形であれ、場合によってはよくない形であれ、絶対に晒されてしまう。僕はそう思っています。だから、いいんです。ただ、よりいっそうセッションになってきたというか、僕にとっての大勝負になってきたぞこれは、というのは、広報戦略として大げさに言っているのではなく、実感としてここにあるのだ、ということはお伝えしておきます。(あれ??丁寧語に戻ってる??)

また、セッションといえば

今回、音楽を担当する靖浩と双極を成す

照明は、松本永さん。

永さんともセッションがはじまりそうです。

靖浩のLiveを終えて、永さんとすこし照明の話をし、「さーて、ここまですでに無茶しているんだから、どんどん無茶せいやー」と、さらにギアをひとつ上げられました。

おうおうおう、やってやろうじゃねえかという気持ちになったと同時に、ここにも野獣がいやがったぜ、オラオラ〜!!という気持ちになりました。

音楽もあかりも野獣です。

こんのやろ、巻き込んでやらあ!!こちとら江戸っこじゃあ!!と息巻いてこのブログを書いています。

ふむ

どうしても、靖浩のLiveを観た後なので、靖浩についての文章の方が具体性がありますが、永さんとも、なかなかのセッションになりそうだ、ということだけどうしてもお伝えしたかったので書きました。

ふう

と、ここまで書いた上で、大きく息を吐きます。

あらためて

誰かのためにやるわけじゃあありません。誰かの期待のためにこのお芝居をやるわけじゃあありません。参加者全員におおいにハッピーになってほしい、そう思っていますが、メンバーのハッピーのためにこの企画をするわけではありません。そしてきっとそれが、一番みんなのハッピーからも遠いのです。

ふう

大きく息を吐いて。

ワクワクして眠れないからはじめた、止められないからはじめた、この企画のはじまりを忘れずに。

あと2ヶ月。ふつふつしております。

大きく呼吸して。


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